静と陰 2024/5/29

これは私のこれからの10年のテーマです。昨日は随筆を13ページ書き、そんな中舞い降りてきました。

陰極まれば陽に転じ 陽極まれば陰に転ず  どちらかに行き過ぎれば逆に転じる。

私の人生振り返ってみるとまさに極まったところで真逆になることが確かに多いのです。という事はざっくり言うと今までが動と陽だったということになりますね。

陰が悪いわけでも陽が良いわけでも静がダメなわけでも動が良いわけでもありません。どちらも大事。

※陰…中に向かっていくエネルギー、中身を充実させる ※陽…外に向かっていくエネルギー、発展させる

※静…内観 ※動…行動

私のここ十数年は日々目まぐるしく動き回り、この阿紀子・整体を確立することに全てを懸けてきました。茶道もピラティスもそう。

趣味なんかじゃない。この身体の使い方は今までの自分の日常の動きにどう影響を及ぼすのか?茶道で語彙力を磨く事で今まで一辺倒だった表現が豊かになっていったり、1つの動きからヒントを得て全ての動きを見直していく、そんなマニアックな積み重ね。

自分が患者として色んなところへ受けに行き感じた事、今の自分に足りない事はなにか?、納得出来なかったこと、また実際に施術者として日々患者さんと向き合い施術をし患者さんが何を求めていて何を解消したくて何を知りたいのかなど肌でリアルに感じてきました。

それらを実現するため自分の特性を生かせる方法を模索し続けトライ&エラーを繰り返しながら、縁によって出会えた何人かの先生に少人数でしっかり学ばせていただきました。(といってもまだ月2でクラニオとオステオパシーは学びに行っています。深すぎて💦)

身体というものを、あらゆる視点でみることが出来る柔軟性が必要だと思っていて筋肉骨格だけではなく内臓、頭蓋、体液の流れ、オーラ、声色、表情、呼吸、血色、体温、匂い、手触り。それらを感じないと本当の施術とは言えないと思うのです。

そして施術をする空間つくりの大切さ。

施術者自身が常に一定の精神、身体の状態であることの大切さ。

私は資格オタクには、なりたくないと思っています。

学んだ事を生かせるようになるって相当年月が必要ですし、まだ自分でモノにもなっていない物をズラズラ書きたくも並べたくもありません。

それに物事の本質って結局ジャンル違えど共通することが多いので、その本質を見抜き磨いていけば全てが底上げされるし理解が深まるので沢山のテクニックを追い求める必要は無くなると思っています。

といってもまだまだの私ですが(;^_^A

今日は長くなりましたのでこの辺で…。実際日々どんな取り組みをしているかなど今後書こうと思います。

みなさん引かないでくださいね(笑)

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